アカデミー近くの屋上で俺はぼんやりとどこにイルカを連れて行こうかと思案していた。
やっぱり個室の方がいいだろうか。前回、イルカが折角気を遣ってくれたんだから。
実際の所、俺は素顔を他人の前で晒しても別にいいんだけどね。

「カカシ、」

と呼ばれて俺は顔を上げた。そこには白髪の壮年の偉丈夫が立っていた。自来也様だった。
あれ?確かナルトの修行につき合ってるんじゃなかったっけ?
自来也様は自分がナルトを預かるという話し、そしてナルト自身のこれから自分の身に降りかかるかもしれない、危険分子の存在の話し等をしていった。
その危険分子の組織、暁にはあのうちはイタチがいるという話しも聞いて、俺は不覚にも動揺してしまい、感情を露わにしてしまった。
イタチ、うちは一族を皆殺しにした男。サスケのトラウマとも言える男。あの男のした行いのせいで、サスケは大蛇丸に狙われ苦しむことになったと言うのに、今度はナルトまでをも狙うと言うのか。
もしお前がナルトを狙う日が来たとしても、俺は上司だった頃の感情など一切を切り捨てお前を倒すよ。お前がもはや何を考えていようといまいと関係ない。息子を信頼していた父母を手にかけても何の罪悪感も起こらなかったんだろう?弟一人を生き残らせ、確執めいた言動でいたぶって、そんなことでしか自分を高められないと言うのならば、所詮お前はその程度の忍びだったと言うことだ。出さなくていい犠牲を出してまでも強さを求めた所で、所詮それは児戯に等しい。
本当の強さの前では、いつかボロが出る諸刃の強さだ。

「ナルトは中忍試験本戦までの間、ワシが育てる。」

自来也様の言葉に俺は頷いた。側に三忍の一人がついていればいかなイタチと言えどもそう簡単に手出しはできないだろう。

「ナルトのこと、頼みます。」

「うむ。ったく、イチャイチャシリーズの締め切りも迫っとるっちゅうのに、忙しくてかなわん。」

それを聞いて俺はがっくりと来た。まあ、別に書くなとは言わないけどね、本人の自由だし。

「そのシリーズの原本、四代目には無理矢理あげたんですか?」

「何のことかのぉ?」

「これですよ。」

と俺はポーチから取りだしたイチャパラの同人本を本人に見せた。自来也様は目を見開いて同人本を凝視している。

「お主、これをどこで、いや、四代目とか言ったな。本人からもらったのか?」

「ええ、最初押しつけてきたんですけど、内容が内容だったんで突き返しました。けど、形見分けの時に見つけたんで、どうせ俺にくれるものだったんなら貰っておこうと思って譲り受けたんです。まさか作者があなただとは思ってもみませんでしたよ。数年前に単行本化してあるのを見た時の俺の驚きようを見せてあげたかったですよ。」

俺はははは、と笑ってポーチにしまおうとした。が、自来也様は俺から同人本を取り上げて懐かしいのう、と目を細めてページをパラパラとめくった。
そして、表紙をそっと撫でて俺に返した。なんだ、その含みのある扱い方は。

「これはのぉ、四代目、あやつが火影就任の祝いにほしいと言って強請ってきて書いてやったものだ。」

げっ、先生、こんなエロエロな話しが読みたくて読みたくて仕方なくてわざわざ書いてもらったのか?あんな清廉そうな顔して頭の中ではあんなことを平然と...いや、この場合はむっつりなのか?あの本を持っていた時点で別に聖人君子でもなんでもないってのは理解してたけど、まさか自分の師匠に強請ってまで書いてもらっていたなんてっ!!先生...。

「カカシよ、そんな顔をするな。考えておることが筒抜けだのぉ。ちなみにエロシーンはワシのオリジナリティだっての。」

ほっ、それを聞いて一安心だった。
自来也様は顔を上げて空を仰ぎ見た。つられて見上げた空は先生の目のような覚めるような青で、大蛇丸やイタチのような黒い部分が洗い流されていくようだった。ま、それは幻想だって言うのは分かっていたけれど。先生だったらきっと、困ったねえ、なんて良いながらも頭の中では様々な戦略が瞬時に練られていったことだろう。
しばらくの沈黙の後、ぽつりぽつりと語り出した自来也様の言葉に俺は耳を傾けた。

「四代目は何よりも平和を愛する男でのぉ、まったく忍びらしからぬ思想の持ち主だった。そのくせ腕だけは確かで里最強の忍びとなり、火影にまで上り詰めたがのぉ。あやつは言っておったよ、いつの時代にか、忍びとしての本来の形である暗さや、道具的な存在価値をものともせずに愛を語り合えるような、そんな里を作れればいいと。同人本の中身では、主人公は何者にも束縛されずに愛を語らっておったじゃろう。」

確かに、あの本の中身は恋愛のことだけが重要で、その他のことはあまり重要視されていなかった。あったとしても日常的なことであって、死の影や忍び特有の血なまぐさいものが一切描かれていなかった。
忍びだからと言って人間本来の人を愛する気持ちや、労りや友愛、そんなものを失ってしまっていいわけがない。だが、現実には非常に徹しなければ忍びは任務を遂行できない。生まれたばかりの赤ん坊も、非力な老体も任務であれば躊躇なく命を奪えなくては里は動いていかない。四代目の思想は夢物語だけど、言いたいことはよく分かる。

「まったく、いつまでも甘ったれた考えの奴だった。血で汚れようが、裏切り者と呼ばれようが、人を慈しむ心を忘れなければ、愛はどこでも育むことができると言うのにのぉ。お主は四代目の残した唯一の弟子になったからのぉ。例え理想でしかないと分かり切っているそう言った思想でも、受け継いで貰いたいと考えておったのかもしれんのぉ。」

自来也様はそう言って鉄格子に預けていた背を離した。

「お前は、ちゃんと受け継いだようだのぉ。」

自来也様は子どもを扱うように俺の頭をがしがしと撫でた。普段だったらいい歳した男になにしやがると食ってかかる所だったが、今はさせたいようにさせようと思った。
もう、自分の弟子である四代目はこの世に存在しない。孫弟子も、スリーマンセルの仲間はみんな死んでしまって俺一人になってしまった。まったく、先生もあいつらも、ほんと不幸者だよ、俺や自来也様を置いてさっさと逝っちまうんだからねぇ。
自来也様はそろそろナルトの奴が目を覚ます頃だのぉ、と言って去っていった。どうやら気を失う程の修行をつけてもらっていたらしい。
最初はちょっと心配だったけど、ちゃんと修行をつけてもらっているようだ。
俺は苦笑しつつもナルト、お前は果報者だよ、と心の中で言いた。
愛は、どこででも育むことができる、か。
先生、相手が俺のことを忘れてしまっても、愛は育むことができるものですかねぇ。
例えイルカが昔の俺との記憶を失ってしまっても、再び俺は、イルカを愛するべきなんだろうか。
記憶を失ってしまったイルカは相変わらず俺に対して敬語しか使ってくれない。でも、優しい所も、熱血な所も変わっていない。イルカのままだ。
俺は思わず掴んでいた手すりをに力を込めてしまい、曲げてしまった。
ああっ、公共の建物になんてことを、と俺は慌てて逆方向に曲げて応急処置をしておいた。いびつに曲がってしまった手すりに俺はため息を吐きながらも、やはり自分の中での葛藤は終結を見せないなと実感した。
こればっかりは、どうにも自分の気持ちを優先しないと自分にも相手にも失礼だ。それに、イルカだって別に俺を恋愛対象として見ているわけでもなかろうし。
心の中では、いつだって叫び出したくて、狂ってしまいそうになる自分を必死になって押し止めている。記憶の戻らないイルカ、状況が悪くなっていく木の葉の情勢。必死になって上へと目指していく自分の部下たち、成長していくナルトたち、そして立ち止まったままの俺。
俺は踵を返してその場を後にした。

 

時間になってアカデミー前の正門前まで来ると、今度はイルカの方が先に来ていた。時間を見るとまだ10分前だった。遅刻をしたわけではないわけね。

「イルカ先生、すみません、お待たせしてしまいましたか?」

近くまで寄っていって声をかければ、そんなことはありません、とイルカは照れたように言って笑った。

「では行きましょうか。イルカ先生は中華系でも大丈夫でしたか?」

「はい、なんでも食べます。」

「そうですか、それは良かった。」

俺たちは連れだって歩き出した。段々と日が短くなっていっているようで、辺りは茜色に染まっているが、すぐに暗くなってしまうだろう。
案内した店は活気のある大衆食堂のような所で、忍びよりはどちらかと言うと一般の客が多く来ているような店だった。

「さあ、何を食べましょうか。イルカ先生は何を飲まれますか?俺はビールにしようかな。ここは少し変わった酒も出してくれるから、それらを試してみるのも楽しいかもしれませんね。」

言えばイルカ先生はドリンクのメニューをじっと見ている。そして果実酒の系列のものを頼んだ。

「それでナルトたちのことですが、ナルトとサスケは予選を突破しました。サクラはイノと対戦して引き分けになってしまったので今回はここまででした。次の対戦相手は、それぞれナルトは日向ネジと、サスケは砂忍の我愛羅という忍びと闘います。ネジはご存じでしょうが、白眼の相当な使い手です。ヒナタはネジと対戦して重傷を負いました。」

「ヒナタがっ!?大丈夫なんでしょうか、命に関わるような怪我だったんですか?」

イルカが心配そうに声を大きくした。

「すぐに応急処置をしましたから大丈夫でしょう。しばらくは絶対安静でしょうが。」

「そうでしたか。」

「サスケが対戦する我愛羅という少年、こちらも癖が強い子ですね。砂を扱う忍びのようですが、何か裏に大きなものを隠してあるようで、まあ、忍びなんていかに相手を騙して自分の戦力を隠すかに重要性が出てくる場合もありますから。それで、サスケは俺が特訓しますが、ナルトは三忍の自来也様様に師事することになりました。両者、共にずっと修行しているのでこの一ヶ月、会えないかもしれません。」
俺はそう言ってビールを喉に流し込んだ。